第2章~記憶を失ったまこちゃん~

車椅子,脳性小児まひ

引きこもりから大学へと復帰したのち、僕はまこちゃんに出会いました。
 

まこちゃんは、移動には杖や車いすを利用していて

記憶を失くしてから初期の大学生活は

人に道をたずねたり、自分の意見を言うことを遠慮していました。

 
また、とにかくまこちゃんにとっては、毎日が初めてのことだらけなので

ささいな出来事にそれはそれは感動しっぱなしでした。

 
そしてその感動を、いつもキラキラさせた目で、友人に話して聞かせていました。

このようにして、世界中でだれよりも感動するこころをもったその子は

ただそばにいるだけで、相手をたちまち元気にしてしまうのでした。

 
そんなまこちゃんの、あかるい心が引き寄せるのか

素敵な人にめぐまれて、ゆっくりとその心を解放してゆくように

さまざまなことに挑戦しては、人生を楽しむようになっていきます。

車椅子,挑戦

まこちゃんがつくろうとしていた世の中…

それは、いわゆる「障害者」と呼ばれる方々が

のびのびと自分の好きなことにチャレンジできて

どんなひとでも、ナチュラルに混ざり合った世の中でした。

そんなふうに、風のように

のびやかな自然体で生きるまこちゃんに出会ってからは

僕にとっての世界の見え方もゆっくりと変わっていったのです。
 

まこちゃんからもらったもの

ここにそのエピソードを書ききることはできませんが

僕がまこちゃんからもらった宝物は計り知れません。
 

どんなときも笑顔でいること。

じぶんのこころに耳をすませて、その声を大切にしてあげること。

どんな出来事からも自分を成長させてくれる種を探そうとすること。
 

世の中の見方や、人との接し方など

ほんとうに、たくさんのことを学ばせてもらいました。

人とのご縁もそうです…

京都,雑貨屋

それからその場所に通うようになり、そこで活動されている

様々なものづくり作家さんとお話をするようになりました。
 

まるでその時間は僕にとって、湯船につかったように

心地よい時間であり、新たな自分を発見した瞬間でした。

 
いつしか僕も、こんな作家さんのように、なにか作っていけたらなあ…

そんな想いすら、頭をもたげるようになってきたのです。
 

僕は定期的にそこへ通い、一閑張りという伝統工芸を

体験させてもらうため、京都へ通う日が続いていました。
 

それと同時期に「アンティーク家具の修繕」という仕事の募集があったので

そこへと連絡して採用させてもらいました。
 

しかし…
 

その内容の実態は、想像していたものとは違っていました。
  

僕が実際に扱うことになったのは、アンティーク家具そのものではなく

中国で製造され、送られてきたイミテーションを修繕する作業だったのです。
 

修繕といっても、例えばソファのちょっとした傷や

色の禿げた部分をマジックと指でこすって目立たなくさせるといった

わかりやすく言えば「見栄えをごまかす」という作業です。
 

それに対して、僕が京都の先生のもとで学んでいたことは

作品の素材や工程など、見えない部分から一つひとつ

こころを込めて仕上げてゆくという、モノづくりとしての姿でした。
 

それを見て、僕はハッとしました。

美しい音楽やこころなごませる絵などは

ただ見ているだけでお腹いっぱいになるということは決してありません。
 

実際、日本に戦争が起こった時も、文化は軟弱なものとみなされ

「ジャポニズム」と呼ばれる、世界に名だたる日本の色彩文化が

その姿を消してゆきました。
 

戦後の生きていくのに必死の状況下では、礼儀作法や言葉遣い

こころ和ませる文化どころではもはやなくなり

経済効率や利便性が優先されました。
 

やがて、モノの時代からこころの時代へと転換した現代においては

人々はさまようように、心の充実や人生の輝きをもとめています。
 

確かに文化で空腹は満たされませんが、僕は思うのです。
 

トンネルの中で考え事をするのと、オシャレなカフェで考え事をするのとでは

出てくる答えは、きっと違うのではないだろうか…と。
 

やさしい空間は、そのじかんにつつまれているだけで

にちじょうをあたたかく、てらしてくれます。

こころにみずみずしさを与え、栄養をとどけ、げんきにしてくれます。

元気にふるまいたくてもできないとき

自分の意志ではコントロールできないほどに

どうしようもなくイライラするとき

そんなときに

じぶんのだいすきな絵がそばにいてくれる

じぶんのだいすきなオシャレなマグカップでひといきつける

それってすごくだいじなことだとおもいます。

 

こころがなごむアートが日常にある。

アートとともにいきていく。

それによってもたらされるいやしの効果って

ひょっとしたら

人生のだいじな選択がかわってしまうかもしれないくらい

おおきなことかもしれません。
 

部屋にこもっていたかつての時期をふりかっても

音楽をきく時間や、絵を描く時間が

ぼくのふあんな心をそっとなごませて、安心させてくれていたように思います。
 

‥と、まあそんなことを思いながら、一閑張りの先生とすごす日常のなかで

僕は、さまざまなモノづくり作家さんやクリエイターの方とかかわりをもって

いきていけたらなあ、と思うようになっていきました。

それから間もなくして

僕はアンティーク家具の修繕の仕事をやめることになりました。

そんな折…

僕はまこちゃんからこんな相談を持ち掛けられました。

その後、その手紙をみた方が、まこちゃんと僕に

会社のお礼状作成の依頼をもちかけていただく展開になりました。
 

このように、まこちゃんは、なぜか絶妙なタイミングで、ご縁やチャンスなど

僕の成長をたすけてくれるような、すてきな出来事をはこんできてくれる

まさにラッキー天使みたいな存在だったのです。

「働くことがイヤだった」

それは、僕がまこちゃんに対して、口が裂けても言えない言葉でした。
 

そんな言葉、あえて言う必要もないですし

自分でもあの時なぜそれを言ったのか、よく覚えていません。
 

けれどもその時はなぜか、不思議なことに

自然とその言葉が出てきたのです。
 

けれど、まこちゃんは、そんな僕の気持ちとは関係なく

ゆっくりと、こたえたのです。

その瞬間、僕のこころは確かにショックだったに違いないのですが

ただ、妙におちついている自分も同時に存在していました。

まこちゃんがつくろうとしていた世界

それは…

すべてのひとが、ナチュラルに混ざり合った世界…
 

見知らぬ人にも、こころのままに

手を差し伸べあえるような

笑顔の似合う世界でした。

それから僕は、まこちゃんとふたたび出会い

はじめましての挨拶をかわしました。
 

そしてふたたび、ゆっくりとその物語を紡ぐことになるのですが

それはまた別の話

また別の機会にお話しすることにしましょう。
 

そしてこのあと、僕に残っているまこちゃんの思い出が

ゆっくりと、この先の物語を照らしてゆくことになります。
 

第3章~旅の始まりの物語~

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